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思い出7「9才の時何があった?」 [思い出]

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「9歳の時何があった?」


9歳・・・

早生まれだから、小学校4年生だ・・


9歳、思い出一杯だ!

その中でも、なんと言っても忘れられないのは

担任のY先生。

目がギョロッとして、ちょっと見、怖そうな先生だったけど、

今でも同窓生の中では、Y先生のクラスが一番楽しかったね!

と話題になる。


初めて先生のクラスになった2日目だったかな。

なにやら忙しそうに何か作ってる

先生のそばをうろちょろしていたら怒られた。

「なんで、いつまでもそこにいるの。

忙しいから、離れてくれる?」


確かそんな言葉だったと思う。

初めての先生で、興味を持ってほしかったから

(興味を持ったからではない

興味を持ってほしかったのだ)

声をかけてもらいたくて側にいたのだけど

怒られた。

やっぱり、噂通り怖い先生なんだ。

近づくのはやめよう・・・


そして、次の日

この先生には、近づいちゃいけない・・・

って思い離れていたら、

先生から声をかけてかけてくれた。


「君は、お父さんいないの?」


うなずくのと一緒に泣きそうになった。

泣かなかったけど、先生には泣いたようにみえたに違いない・・


「そうかあ・・」


先生の表情は今も覚えてる。


それから数日たって、また先生が話しかけてきた。


「君の家は駅の側なんだって。

帰るときに家に寄るから、お母さんに伝えておいてね。」


「はい」とは言ったけど、

まさかほんとに来るわけないや


と思ったので

母に伝えなかった。


夕方、そんな会話も忘れた頃、


「こんばんはー!」と玄関から声が聞こえた。

「はーい!」といって行くと

そこに先生が立っていた。


びっくりして居間に戻り、

母に「Y先生がきてる!」

と伝えたら、母も驚いて玄関にいる先生と話し始めた。


先生「帰りに寄るって伝えておいてって言っておいたんですけどね」

母[言われてたの?]

私「うん」

母「何でちゃんと言わないの」

私「だって、ほんとに来るって思わなかったもん」

先生「そうだよな。ほんとに来るって思わないよな。

   今日はこれで失礼します。駅に近いのでまたよらせてください。」



それから、先生はちょこちょこ家に遊びに来るようになった。

2年間私の担任だった間に、何回来てくれただろう。

10回や20回ではない。もっとだ。

8時か9時ぐらいまで一緒にいてくれて、

晩ご飯を食べながら、いろいろな話をしてくれた。


父がいなくなってから、どこか暗くてしんみりした食卓が

先生が来た日は太陽みたいに明るくなった。


先生は私のアイドル。

先生の授業は面白くて大好きだった。

特に国語の授業は先生の得意分野。

もちろん学級も明るくて活発で、毎日が楽しかった。

登校拒否という言葉があるけど、

私は間違いなく、下校拒否児だ。

まあー家にいても面白くないというのもあったのだろうけど、

毎日、どっぷり日が暮れるまで、

友達と回旋塔で遊んだり、追いかけっこしたり

遊びまくっっていた。


そんな小学校に日々の記憶にはいつもY先生がいる。

思い出深い日々。

それが、9歳・・・


「9才の時なにがあった?」


人生を左右する先生との出会いだ!



思い出6「幼稚園の先生」 [思い出]

大好きだった幼稚園の先生

吉田先生と佐久間先生。

吉田先生は、ちょっと凛々しく落ち着いた感じ。

佐久間先生は、お姉さんみたいに若くて美人で

お二人とも私のアイドル。

たぶん私に初めてピアノを教えてくれたのが

佐久間先生。

 

父が亡くなってしばらくした頃

お二人がそろって我が家に来た。

大好きな先生が、2人一緒に来てくれたので、

とっても嬉しくてはしゃいだ。

 

「ご葬儀の日に来れなかったので、

すみませんでした」 

と言いながら、ご焼香をするために

父の祭壇の前にお二人が座った。

「せんせい、きっと泣いちゃう」

と思ったので、

先生の顔を覗き込みながら、

「泣いちゃだめだよ」

っていったら、

その瞬間お二人とも泣き始めた・・

「あーあ、ないちゃった、だからいったのに」

って笑顔で言った瞬間、

私も泣きたくなってしまった。

でも、泣くわけにはいかない。

泣いてる私を見て、大人は泣くのだ。

しっかりしなきゃ。 

涙を見られないように

ちょっと部屋から離れて、

気持ちを調えて、

またお二人のところに戻った時には、

先生と母でお茶をしながら、少し寂しげに談笑していた。

大好きな先生を泣かせたくなかったのにな・・・

 

心の中の先生は、今も優しい・・・ 

 

 

 

 


思い出5「スバル」 [思い出]

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バイクに乗っていた父は
ある日車を買った。
当時爆発的に売れてた大衆車
「スバル」
毎週ドライブに行った、思い出の詰まった車。
 
父は亡くなった朝も
この車で職場に出かけ
二度と戻ってこなかった…
 
母は運転免許を持っていなかったし、
その後、お葬式やら何やらで
ずっと大勢の人が家を出入りしていたので、
気にもとめていなかったけれど
気が付いたときには、
父の「スバル」もなくなっていた…
 
それから2年ほどたった時だっただろうか…
ランドセルを背負った学校からの帰り道、
父のスバルが走っていた。
ナンバーを見た!
間違いない、父の車だ。
我が家のほうに向かって走ってる!
「もしかして、パパが帰ってきたのかな?!」
 
一生懸命、車の後を追って走った。
確かに家のほうに向かってる。
「もしかして、もしかして・・・」
 
昔と同じように、我が家の前に
父のスバルが停まった。
 
中から降りてきたのは、
 叔父だった…
誰も乗る人がいなくなった
「スバル」を
母は叔父に譲ったのだ。
 
「おー、こんにちは!」
叔父は、笑顔で私に話しかけた。 
 
「パパじゃない・・・パパじゃない・・・
パパ死んじゃったんだ・・・」

 
えも言えず、何とも寂しい気持ちを
心の奥に押しこんだ・・・
 
本当の気持ちを見せるわけにはいかない!
かわいそうにって思わせてはいけない
かわいそうな私を見ると、
大人は泣くのだ・・・ 
 
「こんにちは!」
笑顔で答えた・・・ 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

思い出4「不思議の国のアリス」 [思い出]

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幼稚園の頃

初めて買ってもらった本が

「不思議の国のアリス」

絵がきれい・・・

まだ字が読めなかったので、

最初は母が読んでくれた記憶があります。

とっても気に入ったので、

何度も見ているうちに一人でも読めるようになり、

そのうちに暗記してしまいました。

「見なくても全部いえるようになったよ」

と母に伝えたら、

「あら、暗記しちゃったの!」 と、

とても驚いた顔でうれしそうに言ってたのが

子供心にうれしかった・・

「あんき?あんきってなあに?」

「暗記」という言葉もその時知りました。

とにかく、覚えてしまったので

新しい絵本がほしい!

「本屋のおばさん」のお店に行くと、

他にもディズニーの絵本があります。

私は「白雪姫」や「眠れる森の美女」など

表紙にきれいなお姫様が描かれている本が読みたかったし

多分そう伝えたと思うのだけど

父が買ってくれたのは、なぜか

「ダンボ」とか「101匹ワンちゃん」・・・

なんで???

これは、謎です。 

お姫様と動物じゃ、全然違う・・・

せっかく買ってくれたのに

文句も言えず…

子供だってそれくらいの遠慮はするのです。 

 でも、「ダンボ」と「101匹ワンちゃん」を

私が暗記することはありませんでした・・・

振り返って思うことは、 

たぶん、お姫様系の絵本のほうが

少し値段が高かったんじゃないかなあ~?

父は、まだ若かったし、

お給料をそれほどもらってるわけではなかったようですし、

母は専業主婦だし、

子供はまだ小さいし、

家は建てたばかりだったし

そんなわけで、ささやかな節約をしたのではないかなあ・・・

 

真実は永久に闇の中ですので、

違っていたら、許してね! 

 

 


思い出3「夏休み」 [思い出]

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生前、父はドライブが好きでした。

私が幼稚園の頃はバイクで

いろいろなところに連れて行ってくれました。

チャイルドシートに座り

ビュンビュン風を顔に受けながら走るのは

子供心に快感。

海が近かったので、釣りにもよく行ったなあ。

登山が流行っていた頃でしたので、

山も何度も登りました。

車を買ってからは、さらに行動範囲が広がり

日曜日はドライブディ。

子煩悩な人でしたの、休みの日はいつも一緒にすごしていました。

小学校1年生の夏休み

 きょうは、おとうさんと、じゅうじやであそびました。・・

 きょうは、おとうさんとうみにいって、あさりをとりました・・・

   きょうは、おとうさんとべんきょうをしました・・ 

 きょうは、ふねでよこはまにいきました・・

 そのあと、やまなかこできゃんぷをしました・・

 きょうは、おやまでおべんとうをたべました・・・

 きょうは、 はなびをみました・・・

 きょうは、じてんしゃをかってもらいました。

 たくさんれんしゅうをしました・・・

 きょうは、おおさかのおばさんのいえにあそびにいきました・・・

 きょうは・・・

 きょうは・・・

 

あまりに盛りだくさんの内容に

ともだちは「うそをついてる」と言いました。

「〇〇〇ちゃんは、お父さんもお母さんも忙しくて遊んでもらえないから

夢物語を書いているではありませんか?」

担任の先生まで、心配をして連絡をくれる始末。

母は、ケラケラ笑いながら

「全部本当のことなんです」と答えてました。

 

 

それが、父と過ごした最後の夏休み。

小学校2年生の夏休み日記には、父の姿はありません… 

小学校6年分の夏休みを、ひと夏で遊んでくれたのかなあ…

享年36歳。 

 


思い出2「本屋のおばさん」 [思い出]

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不思議なことに

古本を捨てたら、本当に、すっと肩こりが楽になりました。

なかなか捨てられなかった古い美術全集を処分すると決めたら

更に、肩こりが楽になりました。 

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私「これ、もう処分してもいい?」

母「そうね、いいわよ。本屋のおばさんの付き合いで買ったのよ」 

母の古い美術全集。

内容は素晴らしいのだろうとは思うけど、

私はほとんど読まなかったな。たぶん母も。 

 

 「本屋のおばさん」は、隣町に住んでいました。

当時私は、路線バスで

隣町にある幼稚園まで定期をもって通ってました。

幼稚園児の定期?

そんなのあるの???

あるんです。

厳密にいうと、私のために特別に発行してくれたんです。

古き良き日本。

早生まれで、3年保育だった私は

3歳になったばかりの頃から、

その定期をもって

一人路線バスに乗り込み(毎日乗り物に乗れる!)

意気揚々と、ワクワクしながら幼稚園に通ってました。

先生は、美人で優しく、私のアイドル。

母は、隣町の高校の図書委員長だったそうで、

その頃から、老舗の町の本屋が行きつけで、

そこの社長とも親しい間柄でした。

この社長が「本屋のおばさん」

 

店舗の2階にあった「本屋のおばさん」の社長室は、

今思い返すと不気味な映画のセットのよう。 

扉を開けると、

玄関とも踊り場ともつかない狭い空間に

本がぎっしり詰まれていて、

その先に、これまた狭い階段があり、

その階段の一段一段のすべての右左に本が重なって置かれているため

狭い階段がさらに狭くなり、

おまけ天井も低く、頭をぶつけそうな高さなので、

体を小さく縮ませてやっと登るという有様。 

階段を上り終わると、

所狭しと身長ぐらい、うず高く積まれた本の山で

座るのもやっとの小さな部屋があり

(でも座ってみると、案外落ち着く。)

その真ん中に長方形のちゃぶ台が置かれていて、

それが「社長おばさん」のデスク。 

「おばさん」といいうよりは、「おばあさん」。

風情は、バックトゥザフューチャーのドク博士そっくり!

太らせたドク博士って言ったら、ぴったりそのまんま!です。 

窓もなく、いえ、あるにはあったのでしょうけど 

いつも 閉め切っていたのか、建物が古いせいなのか、

湿気と本の匂いで(決して臭いわけではないので、悪しからず)

世間とかけ離れた異次元空間。 

 

 でも「おばさん」は交通事故の後遺症で、

歩くことが全くできませんでした。

だから、歩かなくて済むように、

背の低い食器棚から、帳簿から、

全部おばさんの手の届くところに置かれていました。

すわったまま、すべてが取れるところにあるので、

あれはあれで便利な配置だったのだろうなあ…

と今になって思うことがあります。

 

さて、母とおばさんが、お茶をして話を楽しんでいる間、

私は、その山のように積まれた本の中から

漫画とか、絵本とか 好きな本を選んでは、

夢中になってと言いたいところですけど、

そうではなくて、時間つぶしに読んでいました。

時折、気に入った本があって名残惜しそうにしてると

もちろん「本屋のおばさん」は

私にその本をプレゼントしてくれました。

幼稚園時代の私の行きつけの本屋さん 

 

「おばさん」が亡くなって既に数十年。 

その「おばさん」のお付き合いで購入したのが、先述の絵画全集。

「おばさん」のお墨付きの全集です。

 

あまり読まなかったけど、母はその本を見るたび

「おばさん」の勧めで買った本って 思っていたことでしょう。

 

物にもエネルギーがあります。

写真などを手にすると、当時のことを思い出すのは、

当時のエネルギーが自分と写真の両方に宿っているから。

 

人間と同じで、

物も忘れられると寂しいってエネルギーを出しています。 

思い出の品ではあるけど、

読まれない本は寂しい思いをしてたかも。 

そして、さらに、足の悪かった「おばさん」のエネルギーも

その本に、蓄えられていたようです。

「おばさん」がその本にそういうエネルギーを送ったのではなくて

たぶん、その本を見るたび、

足の悪いおばさんを思い出していた母が、

図らずもそのエネルギーを本に送ってしまった。

そして、その本を処分する、と決めたことで、

長年の積みあがった重いエネルギーが一掃され、肩こりが軽減された、

そのことに気づけた、気づかせてもらう理由があった、ということです。

 

「おばさん」ありがとう。

もう手放すね。

空間エネルギーを軽くして、前に進もう! 

 

 


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